自然科学コラム

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打見山や蓬莱山の山頂から北を眺めると、西側に比べ、東側が急峻になっているのを見ることができます。
これは、東側が比良断層によりできた断層崖で、風化されやすい花崗岩(比良花崗岩)から成っていて、風化が進み後退し今の状態になりました。 礫や粒状の砂礫は、雨水、川の水などによって、さらに細かく砕かれながら運ばれ、扇状地を形成するとともに、琵琶湖まで運ばれ三角州を形成しています。 土石流の被害を防ぐためと、琵琶湖への流出を減らすために多くの砂防ダムが作られています。
一方西側は、堆積層(丹波層群という)から成っていて、風化に強いチャートや頁岩、砂岩、硬く変形したそれらのホルンフェルスが風化に耐えて尾根を覆い、風化の速度を遅らせています。
ただし、尾根の西端部は、花折断層の活動の影響を受け、急峻なところが多くあります。

 

--では、これらの地層がどうして出来たかといいますと--

 

丹波層群は、主に頁岩(泥が固まった岩石)や砂岩、チャートから成っていて、中生代、古生代(古くは2億数千万年前)に形成されたので、一般に中古生層と呼ばれています。砂岩や頁岩は陸地に近い海溝付近の斜面や深海底に堆積したものを考えられています。
チャートは南の赤道付近の深海底に堆積したもので、これらの堆積岩は日本列島がまだ大陸から離れる前の海底にあった頃、プレートに乗って移動してきて上に乗り上げ、頁岩や砂岩、チャートが混りあったものと考えられています。 (打見山--蓬莱山間の頁岩層中に砂岩層が四か所、蓬莱山--小女郎峠間の頁岩層中にチャート層が四か所横切っています)

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花崗岩(深成岩の一種)は、約8,000万年ぐらい前に堆積層中へ花崗岩マグマが上昇(貫入)しました。 花崗岩マグマは高温であるため、ずいぶん深いところから周りの岩石を溶かし込みながら上昇します。
また、当然溶け残った周囲の岩石もその熱と高圧の影響を受けます。 これを接触(熱)変成作用と言い、変形され硬くなった岩石をホルンフェルスと呼びます。
正面谷の青ガレは、石英玲岩(せきえいひんがん)(石英閃緑斑岩)と言い緑色を帯びています。 新生代になると大陸との間の日本海が広がり、今の日本列島が誕生しました。
丹波山地の山々は隆起準平原に由来する山で、 風化によって削られ、谷や川が出来、どんどん低くなってゆきましたが、硬い岩石のところが削り取られずに残ったのが山や尾根です。
現在の蛇谷ヶ峰--武奈ヶ岳--コヤマノ岳、白滝山--蓬莱山--権現山などもそうです。風化は今も続いています。

その後の地殻変動によって東西からの強い力を受け、盛り上がるところと、へこむところができました。
前者には、比良--比叡山脈、鈴鹿山脈など、後者には琵琶湖、近江盆地です。比良山系など西側の山地の上昇、琵琶湖の沈降は今も続いています。
また、この変動で断層も生じました。 比良山系に関する大きいものは、西側の花折断層、東側の比良(鵜川)断層です。 小さなものもあり、夫婦滝も砂岩中を横切る断層です。
数百万年から数億年前の遥昔の出来事のようですが、今も続いています。
現在の比良山系は、ところどころ入り交じっていて直線的ではありませんが、概ね、八池谷(八渕谷)--武奈ヶ岳--シヤクシコバの頭--奥の深谷--白滝谷--汁谷--打見山の東側は比良花崗岩から出来ています。
それより西側は丹波層群(堆積層)から出来ていると言うことができます。(クマダナ辺りには第4紀の断層が見られるとの調査報告あり) この地質の違いは、植物の育成にも影響を及ぼし、植生の違いを見ることができます。 花崗岩のところは、岩と粒状の砂が多く保水力が小さい。また流れやすく土壌が出来にくく貧栄養である。
これらの条件でも育成できる植物にとっては、競争相手が少なく逆に絶好の育成場所となっています。
ただ崩壊場所やガレ場には砂防のため、ヤシャブシ類やイネ科植物、マメ科植物の種を蒔いたため、植生が変わっているところも見られます。

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