季節の山エッセイ

ナンバー

春色の谷

上越線の沼田駅に着いたのは九時一五分で、駅を出るなり、待ちかまえていた戸倉行きのバスに乗り込んだ。 朝、東京に着き、上野発七時一○分の谷川一号で沼田まで二時間。
昨夜からの寝台車両の振動が、まだ身体に残っていた。
戸倉からは小型バスに乗り換え、鳩待峠まで半時間ほど。車窓には、カラマツの新緑が美しい。 途中から、沢沿いに残雪が現れ、白い山肌が目につきだして、遠く至仏山が真っ白に見えていた。
バスが高度を上げるにしたがって、木々の芽吹のなかにコブシかタムシバの花がちらついてくる。
鳩待峠に着いた時には、雲が多く大陽がその中に顔を出していた。山荘で昼食を済ませ、荷物をデポして出発。一二時一○分。サブ・ザックを肩に、至仏山に向かった。
歩きだしてすぐ登山道に残雪が現れ、しばらく歩くと雪道になってしまった。 途中何人もの下山者に出合ったが、こんな遅くから登っていくのは私一人だけだった。
下山者が途絶えたころ、黒い雲が空をおおい雷鳴が数回とどろいた。緩やかな尾根の樹林帯で、斜面はまだ多くの雪に覆われている。
鳩待峠を出て一時間ちょっと、オヤマ沢田代に着いた。 霰があたりにぱらつき、ガスがかかり視界はあまり利かない。ここからは樹林帯が途切れて雪の斜面を辿った。
至仏山の頂上に着いたのはちょうど一四時で、小雪が舞った。
ごつごつとした岩陰に腰を下ろして休んだ。 暗い空が頭上に広がり、西から北方面にかけて、谷川岳をはじめ上越国境の白い山並みが幾重にも連なっている。
眼下に初めて見る尾瀬ケ原が、その向こうには燧ケ岳の頂上に雲がかかっている。
至仏山・標高二二二八メートル。

頂上を後に、鳩待峠へ下山。 山荘で少し休み荷物を整えて、一六時二○分に鳩待峠を出発した。
尾瀬ケ原を行き、下田代キャンプ場まで、当初の予定通り行動することにした。
途中から雨になり、傘を取り出す。沢沿いの道になり、ミズバショウが花をつけている。 溪流に沿って残雪が残る。雨雲が覆い、あたりは薄暗く、残雪とミズバショウの白色がかえって寂しい。
小一時間で山ノ鼻に着くまで、多くの観光客やハイカ−と行き違う。また、山ノ鼻方面に向かう人も多数。
数軒の山荘やロッジには宿泊客が結構入っている様子で、宿舎付近を散策する人の姿が目につく。二○分休憩し、出発する頃には雨が止んでいた

山ノ鼻発。(一七・○五)

湿原のなかに、二列の木道が折れ曲がりながら延びている。
無数の白い点々の集まりはミズバショウの群落で、霧がかかり遠くの方は見えない。 湿原の林の向こうに山が見えるが、ほとんど雲にかくれている。 ミズバショウの花とダケカンバの幹が目に沁みてくる。木々は芽吹を見せたばかりなのだろう。 うっすらと黄緑色のもやがかかったようだ。
山ノ鼻を出て、それまであれほど多く見かけた人の姿がまったくなかった。
私の歩く木道を振り返っても、前方にも人の姿は見あたらない。あたりはもう仄暗くなりかけているが、私はこの思わぬ幸運に心がはずんだ。
中田代三叉路(一八・○○)
ウグイスの声に混じり、遠くカッコウの声が聞こえる。
山ノ鼻方面に向かう人と出合う。互いに挨拶を交わして行き違うが、尾瀬ケ原で出合ったのはこの男性一人だけだった。木道の周りには大小多くの池塘がちらばり、小川の流れは冷たく澄んでいる。雲がやや晴れて、あたりは少し明るくなったようだ。前方に燧ケ岳が半ば雲にかくれて、その姿を現してきた。

竜宮十字路(一八・三五)

先程よりもさらに雲が晴れ、暮れなずむ空の一部に青空も見える。 雲のところどころに夕焼けの色彩がにじみ、やや明るい。燧ケ岳が頂上付近にだけ雲がかかり、眼前に大きく迫ってきた。
竜宮小屋の付近には、おそらく夕食を終えた宿泊客が二、三人尾瀬ケ原の夕景を撮っていた。

下田代キャンプ場着。一九時一○分。
すっかり日が暮れて、懐中電灯の明かりで設営をする。雲の切れ間から、時々星空が見える。
二三時、就寝。(五月二七日・水)
カッコウの声で目覚める。六時五○分、起床。昨夜は一時雨が降り、あたりにはガスがかかっている。テント内で朝食。サーモン・リゾット。コーヒー。
天気の具合を見て、八時三○分出発。サブ・ザックで、見晴新道を燧ケ岳に向かう。 樹林帯のなか、小鳥の声々があふれ、木々は芽吹き出したばかり。ブナの芽吹が美しい。途中から沢筋をたどり、分厚い残雪が谷間を埋めている。
雪の谷間にて休憩(九・三○) 来し方を振リ返ってみると、眼下に尾瀬ケ原が広がり、いつの間にか至仏山が大きく現れている。雪上に腰を下ろし、テルモスに詰めてきたコーヒーで体を暖める。
ここまで一人の登山者にも出合わない。 稜線に取り付くと、斜面には雪が残るが、稜線上の雪は消える。頂上付近にガスがかかり始め、赤ナグレ岳稜線の向こう側に尾瀬沼が見え出した。
一○時五五分。燧ケ岳(紫安嵒)着。二三五六メートル。

ガスがかかり小雪が舞う。眺望はない。俎嵒のピークに行くには、雪庇を越え雪の急斜面をトラバースしなければならず、アイゼン等が必要。 断念し下山。
途中、谷間の上部で休憩し、昼食をとる。小雨が降り出し、尾瀬沼への分岐まで下山した頃には本降りになる。 見晴十字路着、一三時○五分。テントには帰らず、弥四郎小屋にて休憩。外では雨が降り続いていた。
壁には山仕事用の鋸が何梃も掛かっていて中にはこんなに広い刃の鋸があったのかと驚くような奴がある。 かんじきやわらで編んだ手提げのようなものも吊るしてある。 こんな山の中で美味いコーヒーが飲めるなんて思ってもみなかった。 まるで賢治の童話の世界のようだ。
――燧ケ岳を登った後の一服。
窓からは至仏山が見えていて頂上付近には霧がかかっている。尾瀬ケ原にはジグザグに木道が至仏山に向かって延びている。
昨日登ったときもそうだったが、きょうも頂上では小雪が舞っているのだろうか。
それにしてもカラマツの芽吹と山の残雪が鮮やかだ。 そろそろ私の注文したモカの芳ばしい香りが漂ってきた。 キャンプ場に戻り、雨が上がった間にテントを撤収した。
この後尾瀬沼に向かい、かねてから宿泊を決めていた長蔵小屋まで予定通り行動する。
下田代キャンプ場発、一四時三五分。
途中、行き交う人多数。再び雨が降り出し、木陰で雨宿りをするが、止みそうもなく傘をさして歩き出した。
白砂峠に差しかかった頃には本降りになり、峠を越えて白砂湿原あたりでどしゃ降りになった。
沼尻休憩所で雨宿りをし、雨具を付け傘をさして再び歩き出した。 急ぐわけでもなく、雨はピークを越えた模様でしとしと降り続けるなか、私は雨にけむる湖面とその対岸の景色や、ところどころに現れる湿原に目をやりながら、緩慢な歩調で歩いていった。
あたりは既にうす暗く、湿原のなかに灯をともしたように咲くミズバショウの花が目をなぐさめてくれた。 先程テントを撤収した後、隣の人から、一昨日に尾瀬ケ原一帯に一時間余り雹が降り、ミズバショウの花弁がみんな傷んでしまったということを聞かされた。私が尾瀬に来てから見かけた花はその後の姿なのだが、私にはどれも可憐な花々だった。
一七時四○分、長蔵小屋着。多くの宿泊客で賑わう。 二二時、就寝。

(五月二八日・木) 六時三○分、起床。朝食を済ませ、八時に長蔵小屋を出る。半時間ほど小屋の周辺を散策する。
尾瀬沼は静かなたたずまいを秘め、霧がかかり対岸はかすんでいた。燧ケ岳は昨日からその姿を見せることはなかった。
帰途につくべく、尾瀬沼山荘方面に向かう。霧が立ちこめて、樹林と小湿原の寂しい風景が続いた。
三平峠着、九時一五分。峠の手前あたりから、それまで曇っていた空が、速い雲の流れのなかに急に青い部分が広がり、天気が回復してきた。
荷物を峠に置いたまま、私は尾瀬沼に戻った。池畔からは、燧ケ岳が湖面の向こう側に横たわり、ようやくその全容を見せていた。 東電山ノ家の前を通り、沼尻方面へ散策した。
再び峠に戻る坂道で私は何度も振り返り、これで私の短い尾瀬の旅は終わりなのだと思いながら、樹間のなかに尾瀬沼の湖面と燧ケ岳をながめやった。
一○時五五分、三平峠に戻り、デポしていた荷物を背負い下山の途についた。
峠を過ぎると、それまで多く残っていた路上の雪は消え、樹林帯を抜けて、明るく降りそそぐ陽光のなかに出た。 春まだき雪景色の中から、いきなり初夏の陽光のなかに飛び出した錯覚にとらわれた。
眼前に見える山の稜線近くには、その山肌に白いものが残っているものの、山すその方にはまぶしい新緑が青く輝いていた。

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